「…はい」
「おはよう、レイラ」
「おはよう、ジョーイ?」
レイラは電話の横に置かれた時計に目をやった。6時30分──。
「ゴードンから電話が入っている」
「こんなに早くに?」
「おれもそう言った。掛け直させようか?」
レイラは考えるように目をつぶった。「いいわ、つないで」
ジョーイの声が消え、小さな雑音が聞こえてきた。
「リッキー、おはよう」
なつかしい名前だ──ほんの一週間前まではその名で呼ばれていたのだった。
「早くにすまない。これからすぐ他の用で出かけなければならなくてね」ブロンクスの金融業者ゴードン・マシューは、言い訳めいたことを口にした。こんな早朝に何処へ出かけるというのだろう。
「出頭命令が出ている」
「…すぐに?」
「明日の朝一番に」
「そう…」
レイラはどこまでも白い天井を見上げていた。耳元ではマシューがまだ何か喋っていたが、彼女には届いていないようだった。
電話を切った後、再び眠りにつこうと努力をしたが、なぜだか目が冴えてしまっていた。目を閉じてじっと横になっていることさえ煩わしかった。レイラは着替えると、階下のリヴィングへと向かった。そこではアルがソファに座って新聞に目を通していた。彼はドナルドと同年輩で、ブラウンの髪と瞳をした穏やかそうな男だ。
人の気配に顔をあげたアルはレイラの姿を見止めると、にっこりと優しい笑顔を見せた。
「おはよう、レイラ」
「おはよう、アル」
レイラは廊下から続くリヴィングの入り口に立ち、部屋の中を見渡した。この部屋はこんなに広かっただろうか──彼女の瞳はそんなことを考えているような感じがした。
「ゴードンは何の話だった?」
「彼の仕事の話をしてくれただけ。後はあたしの仕事」
遠まわしで、ぼかした物の言い方だった。言ってからレイラは、相手に対して失礼になったのではないかと心配になった。
「そうか」
だがアルはひと言答えただけだった。彼にはそれだけで充分意味が通じたらしい。
「ドンは今日帰るよ」
アルの言葉で、今回はドナルドに同行していないことに気づいた。彼はいつでもドナルドと行動を供にしていたからだ。誰も何も言わなかったが、ドナルドにとってアルは腹心の部下なのだろう。もしかしたら彼が、アルこそがこのブロンクスのナンバー2なのかもしれない。
「一緒に行かなかったの?」
レイラはあるの隣に腰かけながら尋ねた。彼はレイラと距離を置くように、座っていた位置をわずかにずらした。
「若いヤツらだけには任せてはおけないからさ」
「なにを?」
アルは眉を上げて、おどけたような表情でレイラを見つめた。
「あたし?」
「大丈夫だろうという、判断基準の問題だ」
レイラは足元に視線を落とした。床に届いていない足先をぶらぶらさせている。
「…もうあんなバカな真似はしない」
「そう願いたいね」言ってからアルは、小さく思い出し笑いをした。
「あんなに怒っているドンを見るのは久しぶりだった」
レイラは心配そうに顔を上げてアルの顔をのぞきこんだ。「すごく怒っていた?」
「手がつけられないほどにね」
「…アルも怒られたの?」
「いいや、おれは何もしていない」レイラがほっとする間を与えてから続けた。
「でも八つ当たりをされたよ」
「ごめんなさい…」
「ドンの傍にいるんだから、仕方がないことさ。それほど彼はレイラのことを大切に想っているんだよ」アルは始終嬉しそうな顔をして微笑んでいる。
「あんなにも幸せそうな彼を、また見られるとは思ってもいなかった」
レイラは複雑な表情を浮かべながら曖昧にうなずいた。